こんにちは、りょーまです。プロダクト開発組織でマネージャーをしています。 今回は、AI時代における意思決定について考えてみます。
DeepResearchの衝撃と、ある違和感
1年ほど前でしょうか。初めてDeepResearchに触れたときは、本当に衝撃的でした。 ものの数分で自分が知りたいことに対して、網羅的かつ精度の高いレポートが出てくる。 「リサーチはもう全部これでいいじゃん」と、素直にそう思ったことを覚えています。
ところが、何度か使っていくうちに、ある違和感を覚えます。 リサーチ結果がまったく役に立たないときがある。同じツールなのに、この差は何だろうと。
振り返ってみると、リサーチ対象に対する私のドメイン理解度が大きく影響していました。 自分が理解していないドメインに対して、アカデミックで精巧なレポートを出されても、正確性も実用性も判断できません。
誤解のないように言うと、DeepResearchが未知のドメインで使えないという話ではありません。むしろ非常に便利です。 問題はツールではなく、その使い方です。自分自身が理解することを省いたまま、AIが出してくれた情報から何かを選ぼうとしていた。役に立たなかったのは完全に自分の問題でした。
「作る」が速くなった代償
リサーチ、プロトタイピング、コード実装。AIの登場で、開発プロセスの各工程が劇的に速くなりました。
しかし、この速さには明確な代償があります。 以前は、「作る」こと自体に多くの時間と労力をかけ、その経験から作り方を構造的/論理的に理解したり、もう少し感覚的なセンスのようなものを自然と身につけていました。AIは、この経験そのものを結果的に奪っていってしまいます。
同時に、選択肢が短時間で出てくるようになった結果、理解が追いつかないまま「選ぶ」場面が相対的に増えました。AIの出力は構成が整っていて根拠も添えられている。だから自分の理解が不足していても「多分これでいいだろう」と通してしまいがちです。
プロダクト開発界隈では戒めの意味も含めて「アジャイルだからといってゴミをたくさん作るのは間違っているよね」とこれまでも度々言われてきましたが、まさにそれを加速させる状況になったとも言えます。

つまりは、「選ぶ力」が明確なボトルネックや弱点になってきます。 無数の球の中からどれを振るかを見極める——いわば"選球眼"が問われてきています。
選球眼——見極める眼
これは仕事の話ではないのですが、選球眼にまつわるちょっとしたエピソードがあります。
それは、妻から「子どもの学習のために某サービス使ってみない?」と相談されたときのこと。
私はその場でサッとAIに子どもの学習方法と成長について調べさせ、出てきたレポートをそのまま「今の学習ってこんな感じらしいよ」と妻に見せました。
返ってきたのは「難しいことばっか書いていて、よくわからない」という一言。
私も改めて軽く目を通した上で、「ごめん、俺もよくわからない」と。
自分でも、私はいったい何を言っているんだろうと笑ってしまいました。
そこで改めて、妻と「そもそも学習して、どうなってほしいんだっけ?」と対話を続けました。
読み書き等の基礎的な学力をつけたいのか、学ぶ楽しさや習慣をつけたいのか、知能的な賢さをつけたいのか。子どもの学習意欲や関心は何なのか。
これらの共通理解も曖昧なまま、AIの汎用的なレポートで選択肢を与えても私たちが何かを決められるはずがなかったのです。
選球眼の2つの要素
ものごとを見極め適切な選択をするためには、大きく2つの力が必要だと考えています。
- コンテキストを読む力
背景や状況、前後関係や前提、その出来事が起きたシチュエーション。これらをどれだけ知っているかが、選択の精度を決める。事業のフェーズ、チームのリソース、顧客やユーザーの行動。こうした文脈を読まずに意思決定をするのは、あてくじを引くのと変わらない。可能性のある選択をするために、コンテキストの理解は欠かせない。 - 意図を持って選ぶ力
「なぜそれを選ぶのか(選ばないのか)」を自分の言葉で説明できること。事実を認識し、そこから仮説を立て、手段と結びつける。仮に失敗したとしても「仮説が間違っていたのか、事実の読みが甘かったのか」と建設的に振り返れる。意図があるから、失敗が学びに変わる。逆に意図がなければ「よくわからないけどなんかダメだった」で終わり、フィードバックのサイクルが回らない。

選球眼はどう育つのか
優れた選球眼は、泥臭くプロセスを経験したり、一次情報に触れたりすることでしか基本的には育たないと考えています。 リサーチして、仮説を立てて、プロトタイプを作って、失敗して、また考える。 この積み重ねが、「なんかこれ違う気がする」という直感を生みます。
もちろんAIはどれだけ活用してもいいと思います。ただし、出てきたものをそのまま使わず、自分の頭で考え、判断をすること。これだけは手放してはいけない。
やらないことを選択し、本当にやるべきことをやる
AIの登場で、何でもできる状況に近づいています。しかし、"何でもやる"かどうかは見極めるべきです。
やらないという選択は決して消極的な意味ではなく、無駄な負債を産まないという観点でも大事な意思決定です。
その上で、ユーザーや顧客のために価値あることは何か、アウトカムにつながることは何かを考え、本当にやるべきことを選択していく。そんな能力がこれからの時代より重要になってくると思います。
おわりに
AIの登場によって、あらゆる業務が効率化/高品質化されてきました。 それでも、意思決定だけは変わらず人間の仕事だと思います。
いま、確実に業務コストは下がってきています。言い換えると、少しずつ時間的な猶予ができるはずです。良い意思決定をするためにも、たまには立ち止まり、じっくりと考える時間に充てても良いのではないでしょうか。
今回は個人としての「選ぶ力」に焦点を当てましたが、意思決定は変わらずチームで完成するものと考えています。 AI時代にチームはどうあるべきか。これについては、次回書いてみようと思います。
それでは。